認知症と相続手続|遺産分割協議・成年後見制度・生前対策で知っておきたいポイント
親や配偶者の認知症が進んだ後に相続が発生すると、遺産分割協議、預貯金の払戻し、不動産の名義変更などが予定どおり進まない場合があります。
認知症と診断されたことだけで、直ちにすべての手続ができなくなるわけではありません。問題になるのは、手続を行う時点で、本人がその内容や結果を理解して判断できるかどうかです。
判断能力が十分でない相続人を除いて遺産分割協議を行ったり、家族が本人の代わりに署名したりすると、協議の有効性が問題になる可能性があります。また、成年後見制度を利用すれば自由に財産を分けられるわけではなく、本人の利益を守る内容であることが求められます。
この記事では、認知症の相続人がいる場合の遺産分割協議、成年後見制度、預貯金や不動産の取扱い、生前から準備できる対策について解説します。
認知症と相続手続で確認したい項目一覧
| 確認したい項目 | 主なポイント |
|---|---|
| 認知症だから直ちに相続手続ができなくなるわけではない | 診断名だけでなく、手続時点の意思能力が問題になる |
| 意思能力は法律行為ごとに判断される | 行為の内容や難しさによって求められる理解の程度が異なる |
| 相続人の一人が認知症だった | 相続人全員による有効な合意が必要になる |
| 家族が本人に代わって遺産分割協議書に署名することはできない | 親族であることだけでは代理権は認められない |
| 成年後見制度の利用が必要になった | 家庭裁判所への申立てが必要になる場合がある |
| 成年後見人と本人の利益が相反することがある | 共同相続人となる場合は特別代理人等が必要になることがある |
| 本人の利益を守る遺産分割が求められる | 家族の都合だけで本人の取得分を減らすことは難しい |
| 認知症になってから預貯金が動かせなくなった | 本人の意思確認ができない場合は金融機関への相談が必要になる |
| 認知症になってから不動産を売却できなくなった | 居住用不動産の処分には家庭裁判所の許可が必要になる場合がある |
| 相続税の申告期限は成年後見人の選任を待ってくれない | 原則として相続開始を知った日の翌日から10か月以内に申告する |
| 遺言書の作成が間に合わなかった | 作成時に遺言内容を理解できる能力が必要になる |
| 生前の備えをしておけば選択肢を広げられる | 遺言、任意後見、家族信託などは役割が異なる |
認知症だから直ちに相続手続ができなくなるわけではない
認知症と診断されても、すべての契約や手続が一律にできなくなるわけではありません。
法律上問題になるのは、本人が法律行為の内容と、その行為によってどのような結果が生じるかを理解できる状態にあったかどうかです。
民法では、意思表示をした時点で意思能力がなかった場合、その法律行為は無効とされます。したがって、認知症という診断名の有無だけでなく、遺産分割協議を行った時点の本人の状態が重要になります。
診断書があれば一律に判断できるわけではない
診断書や認知機能検査の結果は重要な資料になりますが、それだけで遺産分割協議の可否が自動的に決まるわけではありません。
本人が、
- 相続が発生したこと
- 自分が相続人であること
- どのような財産があるか
- 誰がどの財産を取得するか
- 協議に同意するとどのような結果になるか
を理解できる状態かを確認することが大切です。
意思能力は法律行為ごとに判断される
意思能力は、本人に「ある」「ない」と固定的に決められるものではなく、法律行為の内容や難しさに応じて判断されます。
日常的な少額の買物を理解できても、多数の不動産、預貯金、有価証券、債務を含む複雑な遺産分割の内容までは理解できない場合があります。
認知症の症状には変動がある
認知症では、記憶障害だけでなく、時間や場所が分からなくなる見当識障害、理解力や判断力の低下などがみられることがあります。症状の現れ方や進行には個人差があります。
一時的に会話が成立したことだけを理由に、複雑な遺産分割協議を理解できたと判断することは避ける必要があります。
後から争いになった場合に確認される資料
遺産分割協議の有効性が争われた場合には、次のような資料が判断材料になることがあります。
| 確認されることがある資料 | 確認される内容 |
|---|---|
| 診療録・診断書 | 認知症の程度、症状、治療経過 |
| 認知機能検査の記録 | 記憶力、理解力、判断力の状態 |
| 介護認定資料 | 日常生活上の判断能力や介助状況 |
| 協議時の録音・記録 | 本人への説明内容と受け答え |
| 家族や関係者の説明 | 協議前後の本人の状態 |
| 遺産分割協議の内容 | 本人にとって不自然に不利益な内容でないか |
将来の紛争を防ぐためには、単に署名・押印を受けるだけでなく、本人が内容を理解していたことを確認できる記録を残すことが大切です。
相続人の一人が認知症だった
遺産分割協議は、相続人全員の合意によって成立します。
認知症の相続人を除外して、ほかの相続人だけで協議しても、有効な遺産分割協議にはなりません。
また、認知症の相続人について形式上の署名や押印があっても、本人に意思能力がなければ、協議の効力が問題になる可能性があります。
認知症の相続人を除いて手続できるものもある
遺産分割協議ができないからといって、すべての相続手続が止まるわけではありません。
例えば、次の手続は遺産分割協議を行う前でも進められる場合があります。
- 戸籍の収集
- 相続人の確認
- 相続財産の調査
- 固定資産評価証明書の取得
- 法定相続情報一覧図の申出
- 相続放棄の検討
- 相続税申告に必要な資料の収集
成年後見人の選任を待つ間にも、進められる調査や書類収集を先行して行うことで、手続全体の遅れを抑えやすくなります。
家族が本人に代わって遺産分割協議書に署名することはできない
配偶者や子であっても、親族であるという理由だけで、認知症の本人を代理する権限はありません。
本人に代わって署名したり、本人の印鑑を使用したりすると、遺産分割協議が無効になるだけでなく、その後の預貯金払戻しや不動産登記にも影響する可能性があります。
委任状があれば必ず代理できるわけではない
本人が十分な意思能力を有している時点で作成した有効な委任状があれば、委任された範囲内の手続を代理できることがあります。
ただし、次の点を確認することが大切です。
- 委任状を作成した時点で意思能力があったか
- 委任事項が具体的に記載されているか
- 遺産分割協議まで委任の対象に含まれているか
- 金融機関や登記手続で委任状が受け付けられるか
- 本人と代理人の利益が対立していないか
提出先によって取扱いが異なるため、事前の確認が必要になります。
成年後見制度の利用が必要になった
本人に遺産分割協議を理解できるだけの判断能力がない場合、家庭裁判所に成年後見開始などを申し立てることが必要になる場合があります。
法定後見制度には、本人の判断能力の程度に応じて、後見、保佐、補助があります。保佐人や補助人が遺産分割協議を代理するには、家庭裁判所から必要な代理権が付与されていることを確認する必要があります。
成年後見人は家族が必ず選ばれるわけではない
申立ての際に家族を成年後見人候補者として記載しても、家庭裁判所がその候補者を選任するとは限りません。
本人の財産額、家族関係、紛争の有無、財産管理の内容などを踏まえ、弁護士、司法書士、社会福祉士などの第三者が選任される場合があります。
相続手続が終わっても後見は終了しない
成年後見制度は、遺産分割協議のためだけの一時的な制度ではありません。
遺産分割が終了した後も、原則として本人が亡くなるまで財産管理や身上保護が続きます。
申立ての前には、相続手続後の財産管理や報酬負担も含めて制度の利用を検討することが大切です。
成年後見人と本人の利益が相反することがある
成年後見人自身も相続人であり、成年被後見人と共同で遺産を相続する場合、両者の利益が対立します。
例えば、夫が亡くなり、妻と子が相続人となったケースで、認知症の妻の成年後見人に子が就任している場合です。
子が自分の立場と妻の代理人の立場を兼ねて遺産分割協議を行うと、利益相反となります。
特別代理人等の選任が必要になる場合がある
本人と成年後見人が共同相続人になる場合などは、家庭裁判所に特別代理人の選任を申し立てる必要があります。
保佐・補助の場合には、臨時保佐人または臨時補助人が選任されることがあります。後見監督人等が選任されている場合には、その監督人が本人を代理するため、特別代理人等の選任が不要となる場合があります。
この点を見落とすと、成年後見人を選任した後も、直ちに遺産分割協議へ進めないことがあります。
本人の利益を守る遺産分割が求められる
成年後見人は、ほかの相続人の都合ではなく、成年被後見人本人の財産と生活を守る立場で遺産分割協議を行います。
そのため、本人の取得額を法定相続分より大幅に少なくする内容は、本人にとって合理的な事情がなければ認められにくいと考えられます。
本人の取得財産は金額だけで判断されない
遺産分割では、取得額だけでなく、財産の種類や本人の生活状況も確認することが大切です。
例えば、本人が施設に入所している場合に、換金しにくい共有不動産だけを取得させても、介護費や生活費の確保に役立たない可能性があります。
本人の利益を考える際には、次の点を整理する必要があります。
- 今後必要になる生活費と介護費
- 預貯金など換金しやすい財産の金額
- 不動産の管理費や固定資産税
- 自宅へ戻る可能性
- 本人が受け取る年金やその他の収入
- 医療費や施設利用料の見込み
法定相続分どおりなら自由に協議できるとは限らない
法定相続分に相当する財産を取得する内容であっても、本人が取得する財産の内容が著しく不利であれば、本人の利益に反する可能性があります。
金額だけでなく、財産の換金性、収益性、管理負担なども含めて確認することが大切です。
認知症になってから預貯金が動かせなくなった
本人名義の預貯金は、家族の生活費や介護費に使う目的であっても、家族が自由に払い戻せるものではありません。
預金の払戻しは、原則として預金者本人の意思確認が必要です。ただし、生活費、入院費、介護施設費用などが必要な場合には、まず取引銀行へ相談するよう全国銀行協会が案内しています。
元銀行員の視点
金融機関では、本人の財産を不正な払戻しから守る必要があります。
そのため、窓口で本人の意思確認ができない場合には、家族関係が確認できても、直ちに払戻しに応じてもらえるとは限りません。
一方、本人の医療費や介護費など、緊急性と必要性が確認できる支出については、金融機関が個別事情を踏まえて対応を検討する場合があります。全国銀行協会の考え方も、すべての銀行に一律の対応を求めるものではなく、個別の状況によって対応が異なることを示しています。
相談時には、次の資料を準備すると事情を説明しやすくなります。
| 準備を検討する資料 | 確認される主な内容 |
|---|---|
| 本人との関係が分かる戸籍等 | 本人と申出人の関係 |
| 診断書や入院・入所資料 | 本人の状態と意思確認が難しい事情 |
| 医療費・施設費の請求書 | 資金の具体的な使途 |
| 本人の通帳・届出印等 | 対象口座の確認 |
| 申出人の本人確認書類 | 申出人の身元 |
必要書類や対応方法は金融機関によって異なります。
認知症になってから不動産を売却できなくなった
本人に不動産売却の内容を理解できる意思能力がない場合、家族だけで売買契約を締結することはできません。
成年後見人等が選任され、必要な代理権を有している場合には、本人に代わって売却手続を行えることがあります。
居住用不動産の処分には家庭裁判所の許可が必要になる
成年後見人等が本人の居住用不動産を売却する場合には、家庭裁判所の許可が必要です。
本人が現在は施設や病院に入っており、その住宅に住んでいない場合でも、入所前に住んでいた住宅や、将来戻る可能性がある住宅は、居住用不動産に該当することがあります。
許可を得ずに処分した場合、その処分は無効になります。売却だけでなく、抵当権の設定、賃貸借契約の締結・解除、建物の取壊しなども処分に含まれます。
売却代金は家族の財産にはならない
成年後見人が本人の不動産を売却した場合、その売却代金は本人の財産です。
家族が自由に分配したり、相続対策を目的として贈与したりできるものではありません。売却後も本人名義の財産として適切に管理することが必要になります。
相続税の申告期限は成年後見人の選任を待ってくれない
相続税の申告と納税が必要な場合、その期限は原則として、相続開始を知った日の翌日から10か月以内です。
相続人に認知症の方がいて遺産分割協議が進まない場合でも、成年後見人の選任を待つことを理由に、申告期限が自動的に延長されるわけではありません。
遺産分割が間に合わない場合
申告期限までに遺産分割が成立しない場合には、いったん法定相続分に従って取得したものとして相続税を申告・納税する方法が検討されます。
ただし、未分割の状態では、配偶者の税額軽減や小規模宅地等の特例を当初申告で適用できない場合があります。
後日、遺産分割が成立したときに特例を適用するためには、申告期限内の申告時に所定の書類を提出するなどの対応が必要になる場合があります。
相続税が発生する可能性があるときは、成年後見人の申立てと並行して申告準備を進めることが大切です。
遺言書の作成が間に合わなかった
遺言書を作成するには、作成時に遺言の内容と結果を理解できる遺言能力が必要です。
認知症と診断されていても、遺言能力が直ちに否定されるわけではありません。しかし、症状が進行した後に作成した遺言書は、相続開始後に有効性が争われる可能性が高まります。
公正証書遺言でも必ず有効になるわけではない
公正証書遺言は、公証人が関与して作成されるため、方式上の不備が起こりにくい遺言です。
ただし、公正証書で作成したという理由だけで、作成時の遺言能力が必ず認められるわけではありません。
認知症が疑われる段階で遺言書を作成する場合には、次のような対応を検討することが大切です。
- 医師に本人の状態を確認する
- 遺言内容を本人自身の言葉で説明できるか確認する
- 複雑すぎる遺言内容を避ける
- 作成経緯を記録する
- 特定の相続人だけが手続を主導しすぎないようにする
生前の備えをしておけば選択肢を広げられる
認知症対策として利用される制度には、遺言、任意後見、家族信託、金融機関の代理人制度などがあります。
これらは同じ効果を持つ制度ではありません。何を目的とするかによって選択肢が異なります。
| 生前に検討できる方法 | 主な役割 | 注意点 |
|---|---|---|
| 遺言書 | 死亡後の財産の承継先を指定する | 生前の財産管理を任せる制度ではない |
| 任意後見契約 | 判断能力が低下した後の代理人を事前に決める | 家庭裁判所が任意後見監督人を選任してから効力が生じる |
| 家族信託 | 特定の財産の管理・処分方法を契約で決める | 身上保護や本人のすべての法律行為を代理する制度ではない |
| 財産管理等委任契約 | 判断能力がある間の財産管理を委任する | 判断能力喪失後の権限や提出先の取扱いを確認する必要がある |
| 銀行の代理人制度 | 預貯金取引の一部を家族等に任せる | 対象取引や利用条件は金融機関によって異なる |
| 財産一覧の作成 | 財産の所在を家族が確認しやすくする | 定期的な更新が必要になる |
制度を一つ選べばすべて解決するわけではない
例えば、遺言書を作成しても、生前の預貯金管理や不動産売却を家族へ任せることはできません。
家族信託を利用しても、介護施設との契約、医療に関する手続、信託財産以外の管理まで当然に代理できるわけではありません。
本人の希望、家族構成、財産の種類、将来必要となる生活費などを整理し、複数の制度を組み合わせる必要があるか確認することが大切です。
よくある質問
認知症と診断されたら遺産分割協議には参加できませんか?
診断されたことだけで、直ちに参加できなくなるわけではありません。
協議時点で、相続関係、財産内容、分割結果を理解できる意思能力があるかを確認することが大切です。
法定相続分どおりに分ければ成年後見人は不要ですか?
法定相続分どおりの分割であっても、遺産分割協議という法律行為を行う以上、本人に意思能力が必要です。
本人に十分な意思能力がなければ、成年後見制度などの利用が必要になる場合があります。
認知症の相続人を除いて預金を解約できますか?
遺産分割による預貯金の解約は、原則として相続人全員の関与が必要になります。
ただし、遺産分割前の預貯金払戻し制度など、一定の範囲で単独払戻しが認められる制度もあります。対象額や必要書類を金融機関に確認することが大切です。
成年後見人には家族を指定できますか?
申立ての際に候補者を記載することはできますが、候補者が必ず選任されるわけではありません。
家庭裁判所が本人の事情や財産状況などを踏まえて選任します。
成年後見制度は相続手続が終われば終了しますか?
原則として終了しません。相続手続の完了後も、本人が亡くなるまで財産管理や身上保護が続きます。
成年後見人も相続人の場合、そのまま協議できますか?
本人と成年後見人の利益が相反する場合には、その成年後見人が本人を代理して協議することはできません。
特別代理人等の選任が必要になる場合があります。
認知症になった親の自宅を介護費用のために売却できますか?
成年後見人等に必要な代理権があり、売却が本人の利益になる場合には売却できる可能性があります。
本人の居住用不動産に該当する場合には、家庭裁判所の許可が必要です。
相続税の申告期限までに成年後見人が決まらない場合はどうなりますか?
成年後見人の選任中であっても、相続税の申告期限は原則として延長されません。
未分割の状態での申告を含め、期限内に必要な対応を確認することが大切です。
公的情報
裁判所
家庭裁判所における成年後見制度の概要、申立手続、必要書類などを確認できます。
居住用不動産の売却、賃貸借、抵当権設定、取壊しなどに必要な家庭裁判所の許可について確認できます。
成年後見人と本人が共同相続人になる場合など、利益相反が生じる際の手続を確認できます。
法務省
後見、保佐、補助の違いや、それぞれの支援内容を確認できます。
全国銀行協会
本人の生活費、入院費、介護施設費などが必要な場合の相談方法を確認できます。
※制度改正等により内容が変更される場合があります。
最新情報は各官庁等の公表内容をご確認ください。


