M&Aで会社を買ったら「経営・管理」ビザはどうなる?|株式譲渡・事業譲渡・代表者変更の実務を徹底解説
はじめに
近年、日本では経営者の高齢化や後継者不足を背景に、中小企業のM&A(企業の合併・買収)が急速に増加しています。外国人経営者の間でも、
- 日本で新たに会社を設立するのではなく、既存会社を買収したい
- 後継者のいない会社を引き継いで事業を継続したい
- M&Aによって「経営・管理」の在留資格を取得・更新したい
という相談が増えています。しかし、「会社を買収した」という事実だけで「経営・管理」の在留資格が認められるわけではありません。出入国在留管理庁は、会社の取得方法よりも、外国人本人が事業を実質的かつ継続的に経営・管理しているかを重視しています。したがって、M&A案件では通常の会社設立とは異なる視点から審査が行われることがあります。本コラムでは、M&Aと「経営・管理」の在留資格との関係について、入管実務の観点から詳しく解説します。
📖 この記事でわかること
M&Aとは何か
M&Aとは企業の合併・買収を意味する
M&Aとは「Mergers and Acquisitions」の略称で、日本語では一般に「企業の合併・買収」と訳されます。もっとも、中小企業では「会社そのものを引き継ぐ」ケースだけでなく、「事業だけを譲り受ける」ケースも多く、一口にM&Aといってもさまざまな手法があります。経営・管理ビザとの関係では、どの手法を採用するかによって確認すべき事項や提出資料が異なるため、それぞれの特徴を理解しておくことが重要です。
経営・管理ビザでM&Aが利用される背景
以前は外国人が日本で事業を始める場合、新たに会社を設立するケースが大半でした。しかし近年では、
- 既に営業実績がある
- 顧客を引き継げる
- 従業員を確保できる
- 事務所や設備を利用できる
といった理由から、既存会社を買収して事業を開始するケースが増えています。また、中小企業庁も事業承継の一つの方法としてM&Aを推進しており、後継者不足の解決策として社会的な重要性が高まっています。
M&Aでも審査基準は変わらない
「会社を買収したから審査が有利になる」という制度はありません。M&Aであっても、新規設立であっても、入管が確認する基本的な考え方は共通しています。例えば、
- 事業に実体があるか
- 継続して経営できるか
- 安定した収益が見込めるか
- 外国人本人が経営者として活動するか
などが総合的に判断されます。つまり、M&Aは事業開始の方法の一つであり、それ自体が在留資格上の優遇措置ではありません。
株式譲渡と事業譲渡の違い
株式譲渡とは
株式譲渡とは、会社の株式を取得して経営権を引き継ぐ方法です。会社そのものは存続するため、
- 法人番号
- 契約関係
- 従業員
- 取引先
- 銀行口座
などは、原則としてそのまま維持されます。中小企業のM&Aでは最も多く利用される手法です。
事業譲渡とは
事業譲渡では、会社そのものではなく、特定の事業だけを譲り受けます。例えば、
- 飲食店部門だけ取得する
- 貿易事業だけ取得する
- ECサイトだけ取得する
といったケースです。この場合、契約や許認可などは個別に承継手続が必要となることがあり、株式譲渡より慎重な確認が求められます。
両者の違いを理解することが重要
| 項目 | 株式譲渡 | 事業譲渡 |
|---|---|---|
| 会社 | そのまま存続 | 譲渡会社は存続 |
| 経営権 | 株式取得により承継 | 承継されない |
| 契約 | 原則継続 | 個別承継 |
| 従業員 | 原則継続 | 再契約が必要となる場合がある |
| 許認可 | 制度ごとに異なる | 制度ごとに承継可否を確認 |
| 入管で重視される点 | 経営者としての実態 | 事業継続性・承継内容 |
このように、同じM&Aでも法的な仕組みが大きく異なるため、在留資格申請においても説明すべき内容が変わってきます。
M&Aを行う際の実務上の注意点
M&Aでは、契約締結前に会社の状況を十分に調査することが重要です。一般に、この事前調査は**デューデリジェンス(Due Diligence)**と呼ばれ、次のような事項を確認します。
- 財務状況(決算書・借入金・資金繰り)
- 税務状況(未納税金や税務リスク)
- 労務状況(社会保険加入や未払残業代など)
- 契約関係(主要取引先との契約)
- 許認可の有無
- 訴訟・紛争の有無
特に「経営・管理」の在留資格では、M&A後も事業を継続して適正に運営できることが重要であるため、買収前の調査は在留資格の観点からも大きな意味があります。
入管はM&A案件のどこを審査しているのか
M&Aによって会社を取得した場合でも、「経営・管理」の在留資格における審査の基本的な考え方は変わりません。しかし、会社の設立ではなく事業承継という特殊性があるため、通常の更新申請や在留資格変更許可申請とは異なる視点から確認が行われることがあります。入管では、「会社を買った」という事実そのものではなく、買収後に外国人本人が実際に経営者として事業を適正かつ継続的に運営しているかを総合的に判断します。
実質的な経営者であることが重要
登記事項証明書に代表取締役として登記されていても、それだけで経営者として認められるわけではありません。例えば、次のようなケースでは、実質的な経営者ではないと判断される可能性があります。
- 前代表者が引き続き経営判断を行っている
- 外国人本人は名義上の代表者に過ぎない
- 重要な契約や資金管理を前経営者が担当している
- 外国人本人が会社経営に十分関与していない
一方で、外国人本人が代表者として日常的に経営判断を行い、取引先との交渉や従業員の管理などを担っていることが確認できれば、経営実態を裏付ける事情の一つとなります。
事業の継続性も重要な審査項目
M&A後も、従前の事業が継続して行われているかは重要な確認事項です。例えば、
- 主要取引先との契約が継続しているか
- 売上が極端に減少していないか
- 従業員体制を維持できているか
- 事務所を引き続き使用しているか
- 営業活動を継続しているか
などが確認されることがあります。もっとも、M&A後に経営改善や事業再編を行うこと自体は珍しくありません。そのため、一時的な売上の減少や組織変更がある場合でも、その理由や今後の見通しを客観的に説明できれば、それだけで不利になるとは限りません。
法令遵守の状況も確認される
M&Aでは会社の経営権だけでなく、既存会社が抱えている課題も引き継ぐ場合があります。そのため、買収後には次のような事項について十分確認しておくことが大切です。
| 確認事項 | 確認内容 |
|---|---|
| 法人税・消費税 | 適正に申告・納付されているか |
| 住民税 | 特別徴収などに問題はないか |
| 社会保険 | 加入義務を適切に履行しているか |
| 労働保険 | 適正に加入・納付しているか |
| 労働法令 | 未払賃金や長時間労働などの問題はないか |
これらの事項は、会社経営の適正性を判断する一要素となるため、買収前の段階で確認しておくことが望まれます。
追加資料の提出を求められることもある
M&A案件では、通常の更新申請よりも追加資料の提出を求められることがあります。例えば、
- 株式譲渡契約書
- 事業譲渡契約書
- 株主名簿
- 株主総会議事録
- 代表取締役選任議事録
- 買収後の事業計画
- 主要取引先との契約書
- 会社案内やホームページ
などです。追加資料の提出依頼があったこと自体を過度に心配する必要はありません。重要なのは、買収後の事業実態や経営体制を客観的に説明できる資料を整えておくことです。
代表者変更・事業変更で注意すべきポイント
M&Aでは、会社を取得した後に代表者や事業内容が変更されることが少なくありません。こうした変更は会社経営では一般的なものですが、「経営・管理」の在留資格では、その変更内容について合理的に説明できることが重要です。
代表取締役の変更だけでは十分ではない
代表取締役として登記されたことは重要ですが、それだけで経営実態を示すことはできません。例えば、
- 銀行との融資交渉
- 主要取引先との契約締結
- 従業員への指揮命令
- 経営方針の決定
- 新規顧客の開拓
など、経営者として実際に活動していることを客観的な資料で説明できるようにしておくことが望まれます。
事業内容を変更する場合の注意点
M&A後に事業内容を変更すること自体は禁止されているわけではありません。例えば、
- 飲食業から貿易業へ転換する
- 小売業からEC事業へ転換する
- IT事業を新たに開始する
といったケースも考えられます。もっとも、大幅な事業転換を行う場合には、新たな事業についても継続性や実現可能性を説明する必要があります。
許認可が必要な事業は承継方法を確認する
事業内容によっては、行政庁の許認可が必要となるものがあります。
| 事業内容 | 主な許認可等 |
|---|---|
| 飲食店営業 | 飲食店営業許可 |
| 古物営業 | 古物商許可 |
| 建設業 | 建設業許可 |
| 有料職業紹介事業 | 有料職業紹介事業許可 |
| 労働者派遣事業 | 労働者派遣事業許可 |
| 酒類販売 | 酒類販売業免許 |
これらの許認可は、株式譲渡か事業譲渡かによって取扱いが異なる場合があります。例えば、株式譲渡では法人自体は同一であるため許認可がそのまま維持されるケースがありますが、事業譲渡では新たな許可や承継手続が必要となる場合があります。したがって、M&Aの契約を締結する前に、それぞれの許認可制度を所管する行政庁へ確認しておくことが重要です。
買収資金の説明を求められることもある
会社を取得するための資金について、その調達経緯を説明できるようにしておくことも大切です。例えば、
- 自己資金
- 金融機関からの借入れ
- 出資
- 親族等からの借入れ
など、資金の流れを客観的な資料で説明できれば、審査においても事業の信頼性を示す一資料となります。なお、資金の出所について確認が行われる場合があっても、それだけをもって在留資格の許否が決まるものではなく、事業全体の実態や継続性と併せて総合的に判断されます。
【事例】後継者不在の飲食店を株式譲渡により承継したケース
※以下は説明のために内容を簡略化した架空の事例です。
70歳を超えた日本人経営者が営む飲食店では、後継者が見つからず廃業を検討していました。一方、長年日本で飲食業に携わってきたネパール国籍の外国人が、その店舗の将来性に着目し、株式譲渡により会社を承継することになりました。会社自体は存続し、
- 店舗
- 従業員
- 主要取引先
- 賃貸借契約
などは原則として継続されました。その後、外国人は代表取締役に就任し、店舗運営、仕入れ先との交渉、従業員の労務管理、新メニューの開発など、日常の経営を自ら行うようになりました。在留資格の申請では、株式譲渡契約書や代表取締役就任に関する登記資料だけではなく、
- 営業実績
- 事業計画
- 決算書
- 店舗の実態
- 代表者として経営に携わっていることを示す資料
などを提出し、事業を継続して適正に経営していることを説明しました。このようなケースでは、「会社を買収したこと」自体ではなく、買収後に外国人本人が経営者として実際に事業を運営していることが重要な判断材料となります。
M&Aに関してよくある誤解
M&Aと「経営・管理」の在留資格については、インターネット上やSNSなどで様々な情報が見られますが、中には誤解を招く説明もあります。ここでは、実務上よくある誤解について整理します。
会社を買収すれば「経営・管理」が認められる
最も多い誤解です。会社を買収したという事実だけでは、「経営・管理」の在留資格の要件を満たすことにはなりません。入管が確認するのは、
- 外国人本人が事業を実質的に経営しているか
- 事業を継続して行っているか
- 安定した経営が見込まれるか
- 法令を遵守しているか
という点です。したがって、「会社を所有していること」と「在留資格の要件を満たしていること」は別の問題として考える必要があります。
株式を100%取得しなければならない
これも誤解です。株式の保有割合だけで許可・不許可が決まるものではありません。もちろん、議決権の割合は経営権を判断する一つの要素ですが、
- 代表取締役であること
- 経営方針を決定していること
- 実際に会社を運営していること
なども総合的に考慮されます。
赤字会社を買収すると更新できない
赤字決算だけを理由として更新が認められないわけではありません。例えば、
- 新規設備投資を行った
- 新店舗を出店した
- 一時的に売上が減少した
など合理的な事情があり、その後の改善見込みを説明できる場合には、赤字だけで直ちに不利になるとはいえません。一方で、慢性的な赤字が続き、事業継続の見込みについて十分な説明ができない場合には、審査上の重要な検討事項となることがあります。
会社を買えば過去の問題は関係ない
M&Aでは、会社の経営権だけでなく、過去の税務・労務・契約上の問題も引き継ぐ可能性があります。例えば、
- 税金の滞納
- 社会保険料の未納
- 未払賃金
- 労働基準法違反
- 契約上の紛争
などが後から判明することもあります。このため、M&Aの前にはデューデリジェンスを実施し、会社が抱えるリスクを十分に把握しておくことが重要です。
会社を10年間経営しなければならないわけではない
「M&Aで取得した会社は10年間経営しなければならない」という説明を見聞きすることがありますが、そのような要件は出入国在留管理庁の法令やガイドラインにはありません。もっとも、「経営・管理」の在留資格では、在留期間更新のたびに、外国人本人が事業を実質的かつ継続的に経営しているかが審査されます。そのため、在留資格取得後に短期間で会社を譲渡したり、実際には経営に関与していないことが判明した場合には、更新審査に影響を及ぼす可能性があります。重要なのは会社を保有した年数ではなく、更新時点において経営活動の実態が認められることです。
M&A後の更新申請チェックリスト
| 確認項目 | チェック |
|---|---|
| 代表取締役変更登記が完了している | □ |
| 株式譲渡契約書・事業譲渡契約書を保管している | □ |
| 株主構成を説明できる | □ |
| 事業内容を説明できる | □ |
| 買収後の事業計画を整理している | □ |
| 事務所を継続使用している | □ |
| 賃貸借契約を確認している | □ |
| 法人税・消費税を適正に申告・納付している | □ |
| 社会保険・労働保険の加入状況を確認している | □ |
| 必要な許認可が有効である | □ |
| 決算書・法人税申告書を準備している | □ |
| 主要取引先との契約状況を整理している | □ |
| 外国人本人の経営実態を説明できる資料を準備している | □ |
このような事項を事前に確認しておくことで、追加資料の提出を求められた場合にも、落ち着いて対応しやすくなります。
まとめ
M&Aは、後継者不足の解決や事業拡大の有効な手段として活用が広がっています。外国人が既存会社を買収して日本で事業を継続するケースも増えていますが、「経営・管理」の在留資格では、会社を取得したという事実だけではなく、その後の経営実態が重視されます。特に重要なのは、次の点です。
- M&Aの方法(株式譲渡・事業譲渡)に応じた法的な違いを理解すること
- 外国人本人が実際に経営を行っていることを客観的に説明できること
- 事業の継続性や安定性を示す資料を準備すること
- 税務・社会保険・労務など法令を遵守した経営を継続すること
- 許認可が必要な事業では承継方法を事前に確認すること
M&Aは、単なる会社の売買ではなく、事業そのものを承継する重要な手続です。「経営・管理」の在留資格申請においても、契約書だけでなく、事業計画、経営体制、許認可、財務状況など、多角的な視点から準備を進めることが、円滑な審査につながります。
公的情報
※制度改正等により内容が変更される場合があります。
最新情報は出入国在留管理庁の公表内容をご確認ください。


